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運の良し悪しを決めているのは part4

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運の良い人と悪い人、なぜ運気は人によって差が出るのでしょうか?
運が悪い人は一生運の悪いままなのでしょうか?

今回の魂の智見は、運気について真実の知識を伝えるシリーズ『運の良し悪しを決めているのは part4』です。
このシリーズのファイナルとなります。
今日始めてこのエントリを読む人はまずpart1~3を先に読んで下さい。


運の良し悪しを決めているのは
運の良し悪しを決めているのは part2
運の良し悪しを決めているのは part3


さて前回のハイライトです。


~~~~~前回のハイライト~~~~~

運気を上げる為の種を撒くのは意外に大変なことである

運気の良い人も、実は特別多くの良い種を撒いているわけではない

運の良い人と悪い人の差は“ケチ”であるかどうか

“ケチ”には様々な種類があり、実は“ケチ”こそが不幸を呼び込む根源になっている

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前回はこういったところで講義は終了していました。
今回の講義は“ケチ”についての考察です。

なぜケチであることが、運気を下げてしまうことに繋がるのでしょうか?
例えばお金にケチな人の行動といえば、貯金をする、常に節約に努め、お金を遣わない。
一般的にこういう人のことをケチと言います。

たしかに無駄をなくし節約に努めることはいいことです。無駄に浪費することが良いことであるはずがありません。
では何をもってケチというのでしょうか?いったい節約とケチにはどんな差があるというのでしょう?


まず“ケチ”という言葉の語源ですが、これは平安言葉の『怪事(けじ)』から来ています。

怪事とは不吉ごとを指す言葉で、今でも使われる「ケチがつく」という言葉も元は「怪事がつく」から来ていて、縁起の悪いものが身に付いてしまった様子を指したネガティブな言葉です。
その後、江戸時代あたりから現代の意味になっていったようですが、古来からケチという言葉が持つ意味合いは決して良いものではなかったわけです。

これを踏まえてケチには定義があるのです。


以下の文を読んでパッと思いついたことで、あなたの精神的なケチ度を見てみましょう。

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Aさんは買い物をしていると人だかりを見つけました。
見ると無料でサンプル品を配っているようです。それを手に入れようと人が殺到しています。
そのサンプル品はAさんにとってとても魅力的な物です。
Aさんは他人を掻き分け、やっと伸ばした手に商品をゲットしました。
しかし次の瞬間、なんと横にいたおばちゃんにその商品をパッと横取りされてしまったのです。
その瞬間に配布が終了。

さて、この文章を読んでお答え下さい。
Aさんの思考・行動で当てはまるものは何番でしょう。複数でも構いません。

①おばちゃんに対し殺意をおぼえる
②おばちゃんに対し抗議し商品を取り返す
③おばちゃんに対し文句を言う
④おばちゃんに対し怒りをおぼえるが、何も言えない
⑤おばちゃんの行動に対し笑ってしまう
⑥おばちゃんの行動に対し感心する
⑦特に何も思わない
⑧その他の行動および感情

  • -----------------------------------------------

さてどうでしょうか?
特に勘ぐらないで、パッと素直に思ったことです。
さあ何番でしょうか?決めましたか?

まず①~④ですが、精神的なケチ度は④→①の順で高くなっていきます。
例えば、おばちゃんに殺意も覚え、且つ抗議し商品を取り返そうとしたとするならば、それは危険レベルのケチ度といえます。

しかし①~④を選んでしまった人にしてみれば、取られたものを取りもどすのは当然のことで、それは正義であり当然の権利であるという意識が働きます。
確かに一般論としてみれば、その商品を取りもどすために抗議する行為は不自然なものではありません。
ただその行為をカルマの視点から見ると、マイナス的な種を撒いているという状態に当てはまってしまうのです。

では⑤~⑥を選んだ人はどうでしょうか?

商品を取られてしまったことに対して
「ああ取られてしまった(笑)」 「おばちゃん逞しすぎる(笑)」
思わず笑ってしまったり、逆に感心してしまう人もいることでしょう。

この⑤~⑥を選んだ人というのはカルマ的に見ると、大きなマイナスポイントを生み出すことはありません。
ただ、笑ってしまったり、感心してしまうという感情も、実は呆れてしまったという怒りの感情の派生的な感情に過ぎません。
精神的なケチ度はそんなに高くありませんから、人生においても大きな運気の低下に陥ることはありませんが、決してマイナスポイントが無いわけではありません。
ゆるやかなマイナスといったところでしょうか。

次に⑦ですが、特になにも感じないを選んだ人もいるでしょうか?
「まあ仕方ない」と納得できてしまう人です。

偽りのない素直な気持ちでこの⑦を選んだ人というのは、⑤~⑥を選んだ人以上に精神的なケチ度は低くなります。
今回の質問のようなことが実際に実社会で起こったとしても、⑦の精神でいられる人はとても少ないのが現状ですが、こういう精神状態を保てる人というのはマイナスの種を撒く機会が極端に少ないので敵も作りませんし、運気を失わずに生きることができる人です。

では⑧のその他の行動および感情、これを選んだ人はどのくらいいるでしょうか?
おそらく⑧を選んだ人は数パーセントと少ないはずです。また理由が2つに分かれると思います。

ひとつはおばちゃんに対して抱いた感情や行動が①~⑦になかった人です。
ただその場合は表現の違いだけで、基本おばちゃんに対して怒りの気持ちを持ったものであるならば、それはやはり①~⑥の中に当てはまってくるでしょう。マイナスです。


もうひとつの理由として⑧を選んだ人はいるでしょうか?
それは、そもそも無料のサンプル品の人だかりに入ろうとは思わないという人です。

もしあなたがそういった理由で⑧を選んだ場合は、精神的なケチ度が著しく低く、運の良い人生を送れる、もしくはすでに送っている可能性の最も高い人と言えます。


実はこの質問をすると9割以上の人が①~⑥までに収まります。
ほとんどの場合、横取りされたことに対してムッとしてしまう怒りの感情が湧いてしまうのです。
⑦および⑧の後者に当てはまるのは数パーセントに過ぎません。
特に⑧の後者「そもそも無料サンプルを取り合うような人だかりに入りたくない」とまず考えた人は少ないことでしょう。
この感情は精神的なケチ度の高い人にとってはなかなか理解できないところでもありますが、世の中には確実に一定数います。

無料サンプル品を争ってでももらうことを“得”と考えてしまうのは、運気の悪い人の思考です。
でも運気の良い人の思考は違うのです。
仮にそのサンプル品が自分の興味あるものであっても、無料だからという理由でその輪に入って手を伸ばす自分の姿が嫌だと思ってしまいます。
当然、輪に加わりませんから、そもそも争いごとも起こることはありません。

今回のサンプル品の話しはほんの一例に過ぎません。
自分がケチであるかどうかを指し計るような機会は、生活上の様々なときに訪れます。


ケチであるかどうかのボーダーラインを知っておいてください。

それは、その行動や発言や思考が『粗末でいやしい』に当てはまるかどうかです。

無駄をなくし、シンプルに生きることは美しいことです。
しかしそれが度を越えてしまうと、途端に粗末でいやしくなってしまいます。

いやしさが表に出てしまった人ほど、見ていて醜いものはないでしょう。

でも多くの人は“損得”が絡んでくると感情が剥き出しになってしまうのです。必死になってしまう。
自分から得を奪う人を許せない気持ちになりますし、他人の得を妬んでしまいます。

⑧を選ぶ人に対し「気取っている」とか「お高くとまっている」とか「それはお金持ちだからでしょう」などと考えてしまうとしたら、それはまさに粗末でいやしい考え、ケチな人の思考です。

そういう思考のままだと、事あるごとにマイナスの種を撒き続けることになり、たまに気まぐれ的にプラスの種を撒いたとしても全体で言えば大きなマイナスカルマを背負っていますから、運気が上がるわけがないのです。

つまり運の良い人と悪い人の決定的な差というものは、プラスの種蒔きよりも、むしろマイナスの種蒔きの差が顕著に現れているということです。
山を登るのではなく、下る一方では景色が良くなる事はないのです。

運の良い人はカルマ的にマイナスの種を撒かないで済む人生を選んで過ごし、たまに訪れるプラスの種蒔きの機会を得ながら、徐々に運気を上げていきます。


以前、このブログはランキングに参加するための説明記事を載せました。

ブログランキングの参加について

この中で『シェアする気持ちを持って欲しい』という部分があります。

SSSを誰かに伝えることで、人生を生きるヒントを得られる人がいるかもしれない。
その人のために自分で出来る行動をなにか起こすことは、目に見える見返りはないかもしれないけれど、あなたにとっては無駄なことではありません。

こんな記述をしました。

あのエントリから2ヶ月経っても毎日欠かさずクリックしている読者の方がいます。
持続できているのはほんの数人ですが、確実にいます。

最初の頃こそ、いずれ自分に良い形で返ってくるという期待の気持ちも入り混じりながらクリックしていた人も多かったでしょう。
でも今でも持続できている人は、本当に誰かのためにという純粋な気持ちでクリックできていると思います。

なぜならクリックするというのは簡単な作業ですが、簡単だからこそ持続は難しいのです。
クリックすることのモチベーションが自分の損得だけ考えてしまった人は続きません。“得”と“苦”を秤にかけてしまい、すぐにケチな思考に打ち負けます。

僧侶が修行を積むのは煩悩を断ち切るためです。
偉いお坊さんになろうと我慢して修行しているうちは修行は苦でしかありませんが、世のためになれる自分になろうと思えたとき、辛い行も苦でなくなるそうです。

僕が、記事中で「無駄ではないという事がすぐに解る」と書いたのは、まさにここです。
2ヶ月間毎日ブログを開き、クリックしているあなたのその気持ちにケチな考えはありません。
その気持ちの持続こそが運気の山を昇ることができるほんの数パーセントの人の思考なのです。
あなたが得ているその思考は、到達している人にしか解らない思考、やったつもりの創造では補えない思考なのです。

その思考をどうぞこれからも持続して下さい。
1年も続ければ運気が大きく上昇カーブを描き、人生が大きく変わっていくはずです。


では今回の質問で①~⑥に当てはまってしまった人は、今後どういう生き方を心がければいいのでしょうか?

それは自分がケチな思考の持ち主である事をまずは認めましょう。
そしてそのことを正当化してはいけません。ケチから抜け出そうと強く思ってください。

ケチな思考に支配されている時というのは、自分ではなかなか気付きませんから、まずは

「今、私ケチってるな」

こう気付ける自分になることをまずは目指して見ましょう。

ケチは怪事である。
自分の人生がけち臭いものにならないようにするには、自分で自分の臭いに気付ける鼻を持つことなのです。

そして昔ながらのことわざの生き方の実践です。

損して得とれ
急がば回れ
負けるが勝ち

この生き方には、言葉以上にカルマの理論が詰まっているのです。


さて、パート4まで続いた『運の良し悪しを決めているのは』も今回でラストです。
黒カルマや魂などのように目に見えないものではなく、自分の思考や行動で人生をコントロールできる方法としての知識です。
実践するもしないも自分で決めることが出来ます。

見渡してみれば解るように、運の良い人は、悪い人に比べると圧倒的に人数が少ないでしょう。
でもそれは仕方ありません。どんな山も山頂は狭いものです。

山を昇るには、休んでもいいですが途中で下らないことが重要だということ。
山を下らない為の目安となる生き方こそが、ケチにならない生き方なのです。


さあ本日の講義は終了!
長文疲れました。お茶沸かして飲みます(笑)



バンコクより
白石

毎日をおもしろくするには

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あなたは朝起きてまず何を思うでしょう。

「ああ今日も面倒な一日がはじまるな」

寝ぼけまなこにだるさを覚えながら、こんなふうなことを考えて一日をスタートさせていませんか?。

多くの人は、黙っていても訪れる“今日という一日”に対して特別な感情を持っているわけではありません。
“今日という一日”に特になにも期待もぜずに、これといって特徴のない朝を迎えています。


「どうせ今日も昨日と大して変わらない一日に決まっている」

じつはこうした一日の最初の考えが、その日の方向性を決めてしまっているということがあるのです。

毎日が詰まらないとなげく人は起きた瞬間からその日をあきらめ、面白くない一日だと決め付けてしまいます。
でもそれでは面白いことなど起こるはずがありません。


詰まらないと仮定して始める一日は、まず新しいことや変化を受け入れようというチャレンジングな意欲が生まれません。

今日を平穏無事にやり過ごし、はやく家に帰ってゆっくりすること。

こうした保守的な気持ちが先行するので目線は足元にしか向かわず、広い視野でなにかを発見して新しいイノベーションを生み出そうというような冒険的な精神は持たなくなります。

たとえ目の前をチャンスが横切っても、それはチャンスと認識されずに景色と同化してしまうのです。
それはまるで、毎日、同じような線をトレースするだけのモノクロの鉛筆画のような人生です。
気付きやヒラメキといった、人生に色をつける絵の具を手に入れることが出来ません。


「今日をどんなおもしろい一日に出来るだろう」

ためしに明日の朝からしばらくの間、こんな考えで布団から飛び起きてみてください。

たったそれだけの違いでマインドは上向きになり、スタートダッシュが決まります。
今日という一日を昨日とは切り離して、新鮮な気持ちで迎え入れてみるのです。

そうすれば同じような朝でも昨日と今日は違うことにすぐに気付くでしょう。
通勤、通学の景色も聞こえてくる音も昨日と今日は違う、食べるものが同じでも味や満足感が違う、朝の挨拶だって気持ちよくできるはずです。


毎日を面白くすることは難しいことではありません。

自分から変化を受け入れる体制を整え、面白いことを探す姿勢をもつこと。
なによりも期待感を持って毎日を過ごすことです。

面白いことは“探している人”にしか見えないのです。



バンコクより
白石

アンケート参加のお願い

お気付きの方もいらっしゃると思いますが、ブログのナビゲーション欄にアンケートを設置しています。

これはカルマ研究の一環で資料集めの為に設置させていただいたものです。
読者の方で、ある程度の魂・黒カルマの知識が持てている方は、ぜひご参加くださると助かります。

また今後もいくつか質問内容を変更してアンケートをお願いする予定です。
研究支援にご協力宜しくお願いいたします。



白石

同棲中の彼と結婚できるでしょうか? ―魂のリプライ―

今回の『魂のリプライ』
ブログ読者の方からいただいた相談や質問に白石がお答えするコーナーです。

今日の相談はこの方です。


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《相談内容》

結婚についてお願いします。
付き合ってもうすぐ5年の彼がいます。半同棲の状態です。
私は結婚を意識していますが、彼は結婚についてどう考えているのかわかりません。
私から結婚話しを持ち出してプレッシャーに感じられたら嫌なので、私からは話題にしません。
私としては年齢的なことや出産等を考えるとあまりのんびりしたくないです。

よくテレビで結婚の話題が出ると空気がよそよそしく感じられたりするので、そのあとは凄く不安感におそわれます。
もし彼が結婚を避けているのであれば、自分に原因があるのでしょうか?
そもそも彼は私と結婚を考えていないのでしょうか?

白石先生、彼の気持ちを教えて下さい。

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相談者さんをKさん、彼をSさんと呼ばせてもらいます。

さて今回は結婚についてのお悩みです。
KさんとSさんは付き合って5年ということですから、結婚について意識するなというほうが無理な話しではあります。
しかも半同棲状態とのことですから、将来的に出産を考えている女性にしてみれば一日も早く結婚をはやくしたいと願うのは当然でしょうし、特にそのタイミングに多少ナーバスになってしまうこともあるでしょう。

しかし男性サイドにしてみると、結婚というものはただ好きだからという理由だけでは踏み切れない重さがあるのは事実です。
そこには愛情以外にも経済的なものや親族との関係など、様々な複合的な問題をクリアせねば決断できないという面もあります。

もちろん世の中のすべての人が結婚願望を持っているわけではなくて
「そんなわずらわしいことはしたくない。責任を背負うことなく、自由に今を満喫できればそれでいい」という考えの人も最近はとても多いでしょう。

男女ともにそういう考えであればそれはそれで問題ないのですが、どちらか一方は結婚願望があるけれど、どちらかには無いというケースもあります。
その場合、そこのところをうやむやにし続けてしまうと特に女性側は取り返しの付かない不幸になってしまうこともあります。


多少待たされても結婚できればいいですが、最悪、待たされるだけ待たされて出産も厳しい年齢になってはじめて相手に結婚願望が無いということを知ったというケースも現実にはあって、そのときの女性側の落胆たるや目も当てられないほどです。

人生をやり直そうとして相手と別れるにも、そこまで長く付きあってくると情があって難しくなりますし、別れたとしてもすぐに結婚できる相手が見つかればいいですが、年齢的にまわりは既婚者ばかりでなかなか見つからない。
結婚願望があるのに結婚できないで独身を貫いてしまう女性にはとても多いパターンです。
これはもはや不幸以外の何ものでもありません。

今回のKさんのように結婚の話しを切り出すことに対し必要以上に臆病になりすぎてしまうことは、そういった不幸を呼び込みかねないので、もし読者の方で自分にも当てはまると感じたら注意が必要です。
結婚に対する考えについてはなるべく早い段階で確認しあっておくことは重要なことなのです。


ではすこしお二人の魂の状態を見てみます。

まず相談者のKさんですが、とても大人しい性格の方ですね。
常に頭の中には不安がある人で、なにごとにも慎重すぎるくらいに慎重ですし、他人の目を常に気にしながら生きているような臆病な面が見受けられます。
しかしこれらの性格面は外に向けられたもので、Kさんの魂の最大の特徴は、その内に秘めた激しさにあります。
これは注意が必要なんですが、Kさんの魂はすこし硬くなりかけています。

でも激しさといっても、おそらくKさんとしては身に覚えがないかもしれません。
特に誰かに対して怒りをぶつけることも少ないはずですし、誰かを恨んでいるような実感もないでしょう。
にもかかわらず魂の硬化が進みだしていて、その理由が性格的に抑えの利かない激しさによるものなのです。

説明しますと
魂の硬化の原因となるものはイライラや怒りなんですが、Kさんの場合はその怒りの矛先が他人ではなく自分に向いているところがあります。

自分に自信がなく、起こる負のことすべてに対し自分で自分のことを強く責めてしまう。
他人と比べて自分の劣っているところに強い劣等感を覚え、そんな自分が許せなくなる思い。
自分の不甲斐なさに対して怒り、憎しみ、落胆し、その思いが怒りに転化し、自己反省と戒めを自分に与え続けてしまうことが魂の硬化を招いているのです。
つまり自分で自分の魂を傷つけてしまう自傷行為です。

これは知らずに身に付いてしまった悪癖ですから、今なら気を付けることで治すことが出来ます。
あまり自分を責めすぎることなく、自分を解放してあげる必要があるでしょう。


続いて彼氏のSさんですが、この方は非常に強い責任感を持った人でしょう。
少々頑固すぎる感もありますが、その根底には、自分の行動に対して責任を担保できるという確固たる自信がないと一歩も動くことができないという強い責任感があるのです。

結婚をなかなか決断できないのも、おそらく自分の中で家庭を守っていくということにまだ絶対の自信を持てていないから。
それはどうも仕事上の安定に乏しいことが原因のような感じがしますね。

ただ本人としては、Kさんとの結婚に対する想いは強くあるようですし、問題はそのタイミングだけでしょう。


リーディング結果をまとめてみますが、

二人の結婚は既定路線でしょう。
Kさんから無理に結婚をほのめかさなくても、彼の魂を読む限りでは、おそらく今年中には彼のほうから動きがあるのではないかと思います。

まあ二人の会話で結婚の話題になったときは「こんな結婚生活をしたい」というような願望をさらっと告げておくくらいはしてもいいかもしれませんが、基本的にはそれほどナーバスになる必要はありません。
近いうちに二人の時計は一気に回りだす事でしょう。


それよりも僕が心配なのはKさんの魂の健康状態のほうです。
他人に対してだけでなく、自分へ向けた怒りでも黒カルマは生まれますから、あまり自分を追い込まないようにしないといけません。

Kさんの場合はまだ大量の黒カルマを生み出すところまでは行っていませんので、改善させるならすぐに始めなければいけませんね。
魂の硬化が人生の歯車を狂わせる原因につながっているということは、このブログでお伝えしてある通りです。

イライラや不安に襲われそうになったら、意識的に何か作業をしたり関心をそらすことで気分転換に努めてみましょう。
魂をプレッシャーから開放してあげることが必要です。



バンコクより
白石

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『魂のリプライ』では白石に人生相談や質問をしてみたい方を募集しています!

◆内容は恋愛・仕事・家族の相談、世の中の疑問に思うこと、どんなものでも構いませんが、一部の人しか理解できないような相談や、個人が特定されてしまうような相談はご遠慮ください。

◆人間関係などの相談で感情などを知りたい場合は、対象者の住所(解るところまでで結構です)・性別・生年月日・お名前をご記入下さい。これらはもちろん公開はしません。
必要ならばちょっとだけ魂に触れさせて貰いリーディングすることもあります。

◆相談・質問は送って下さっても、選ばれない場合もありますのでご了承ください。
選ばれた相談・質問には白石がこのブログでお答えします。


***相談・質問の送り先******

    volforce@gmail.com

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運の良し悪しを決めているのは part3

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お待たせしました。
今回の魂の智見は『運の良し悪しを決めているのは part3』です。

今日始めてこのエントリを読む人はまずpart1~2を先に読んで下さい。

運の良し悪しを決めているのは
運の良し悪しを決めているのは part2


さて前回からの続きです。


~~~~~前回のハイライト~~~~~

未来の運気を決定付けているのは過去の自分である。

過去に生み出した思考、言動、行動が、種となり、時を経て成長し我がもとへ実を落とす。

良い運気をもたらす種とはいったいどんなものなのか?

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

“過去”の自分の行動や思考が“今”を形つくっているということは、逆にいえば“今”これからする自分の行動や思考が“未来”を形つくっているということでもあります。
つまり今をどういう心構えで過ごすのかということは、運の良い悪いに直接的にかかわってくる大切な要素となりえるんです。

もしあなたが今の自分に良い運気を感じないとするならば、それは過去の自分の撒いた種に問題があったということ。
今後新たに撒きはじめる種は、将来的に良質な実をつけるものに切り替えていくことが重要になってきます。

とは言うものの、何をもって良質な種といえるのかを知っておかないことには切り替えようがありません。
具体的にどのような行動が、未来に良質な実をつける種となりうるのか?
おそらく皆さんがすぐに思いつくのは、

良いことをすればいいのでは?
努力することが大事なんでしょ。
他人に優しくすれば良い実がなるのでは?

こういったことをすぐに思いついたのではないでしょうか?

たしかにカルマの法則に沿っていえばこれらは大道です、外れではありません。
きっと白石も次回のpert3ではそういうことを書くに違いない。そう予想していた読者も多かったとも思います。

前回のエントリでも述べたように善因善果(ぜんいんぜんか)、悪因悪果(あくいんあっか)は人生のロジックの基本のキといえるくらい大切なことです。
でもこのへんのことを記述している本やブログもたくさんあるでしょうし、僕もこのブログで更に踏み込んですでにお伝えしてありますので今回はそこは書きません。読んでいない方はぜひお読み下さい。

本当の善行
善行と偽善の大きな違いとは?

このエントリ『本当の善行』の中で満員電車でお年寄りに席をゆずるか否か?の話しが出てきます。
でもこういうシチュエーションはそうそう多くあるものではないですし、仮にあったとしても瞬間的に裏を考えずに行動を取れるようになるには常にそれなりの心構えが必要です。
(皆さんからのコメントにも、自然に行動することへの難しさに対する記述がありましたね)


でもぶっちゃけて言いますが、きっと皆さんの中にもこんな疑問を覚えた人は多いのではないでしょうか?


日々、良いことを実践しつづけることって果たして出来るものなのか?

そもそも良いことをするチャンスがあれば進んでしようと思ったとしても、その機会って実はそれほど多くないのが現実ではないのか?


良い種を撒く瞬間を待ち続けていても、なかなか訪れないからそのうちに忘れてしまって、チャンスが過ぎ去った後にハッと思い出して、「ああ、今は良い種を撒くチャンスだったのに・・・」

こんなことのほうが多いかもしれません。


良い種を撒きたいけど、撒くチャンスがない。
具体的になにをどうすればいいのか解らない。

これが普通に生活している人の感覚なんだろうと思います。
結局、今日も何が出来たという実感も無く過ぎ去っていくのです。


でも世の中には、実際に良い運気を保っている人もいるわけで、いったい運の良い人と悪い人の決定的な差というものはどこにあるのか? 運の良い人というのは、いつ、どうやって種を撒いているのか?
ここが最大の疑問になってくるわけです。

運の良い人には、毎日お年寄りに席を譲るようなシチュエーションが訪れているのでしょうか?

いやいやそんなことは、もちろんないのです。


では一体??



さあいよいよ今回のお話しの佳境に入ってきましたが、前回までのパターンだとここでお茶やトムヤムクンが沸騰してしまっていました(笑)


でも今回は大丈夫です、安心してください。
今日は何も火にかけていません(笑)
話しをもとに戻します。


運の良い人と悪い人の決定的な差とはいったい何なのか?ということ。


それは運の良い人にあって、運の悪い人にないもの

いや逆です。

運の良い人になくて、運の悪い人にあるものが答えなのです。


それが何なのか解りますか?


それはズバリ!



“ケチ”です。けちんぼのケチです。



「ケチ? シライシ突然なに言ってんの?」こう思った人多そうです(笑)


ケチというと皆さんは、お金にシビアな人という印象を思い浮かべる事でしょう。
もちろんその印象は正解なんですが、でも僕の言う“ケチ”とはお金だけの話しではありません。

運の悪い人に共通すること。
それはすべてにおいて“ケチ”になってしまっているということなんです。

お金だけでなく、行動もケチになり、発言もケチになり、思考もケチになり、対人関係や時間にもケチになる。


これはどういうことなのか?


運の悪い人は、すべての行動の基本が自分にとって「得か損か」「面倒か楽か」「苦しいか快楽か」で決めてしまうのです。
与えるということに対して、対価を求め、それが得られないのなら動こうとはしません。


お年寄りに席をゆずる話しに例えれば、席を立つこと(行動)が

譲ったことで何も得るものが無さそうだから立たない
面倒だから立たない
立つことは体力的に苦痛だから立たない
目立って恥ずかしいから立たない

こういった何らかの理由を頭につけて、行動することを拒絶するところから入ります。
つまり行動するということに対してケチになってしまっているのです。

人がケチになるシチュエーションは日常的にかなり頻繁におこります。
他人に何かを聞かれたとして、答えることや教えることを惜しんでしまうこともあるかもしれません。
これは他人に自分の知識を与えるなんて勿体無いとケチになってしまうのです。

また、友達や知人を紹介することに対してケチになったり、他人のために時間を割くことを面倒だとケチになったり、ケチな考えや行動に支配されてしまうことはとても多いのです。


でもなぜケチになることがカルマ的に良くないことなのでしょうか?
なんとなくケチであるということは節約をイメージさせますし、しっかり者も連想させます。

でも実は、ケチな人は知らず知らず未来に不吉なことを呼び寄せているという衝撃の事実が隠されているのです。


次回の“魂の智見”ではケチが呼び込むものにクローズアップし、運の良し悪しを左右する本当の違いをお伝えしたいと思います。
ではまた(笑)



バンコクより
白石

smiling again