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黒カルマはこうして生まれる

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さて今回は黒カルマの発生についてです。


黒カルマは魂の削りカスだというのはお分かり頂いているでしょう。
この魂が削れるという行為は、怒り、恨み、ねたみなど、魂を疲弊させてしまうことで凝り固まっていくことが元凶となります。
その硬い魂が、柔軟な他の魂とぶつかり合ったときに、硬い方の魂だけがボロボロと削り取られていくことで発生するのです。

そして削り取られた魂のカスは元の魂のもとを浮遊します。
この黒カルマはとても粒子の細かい粉状のもので、多くなってくると人間の勘覚を担う第三の目をふさぎだし、その人の決断力を阻害するので、黒カルマの多い人は人生を踏み外しやすくなります。

また硬くなった魂の持ち主は考え方にも柔軟性がなくなり、ささいなことで苛立ちを感じやすく、性格的にも非常に攻撃的に変わっていきます。

そして何かうまくいかないことがあると、自分の判断を棚に上げて他人や社会のせいにしだすようになります。
結果として周りから人が離れ、疎ましく思われるようになり、強い孤独感に悩まされていくのです。


これが自分で黒カルマを作り出してしまう流れになります。

黒カルマは自分で発生させてしまうパターンと、他人のものを貰ってしまう2パターンがありますが、今回は自己発生パターンについて詳しく見てみましょう。


お分かりのように黒カルマはある日突然に発生しだすわけではありません。
最初は誰もが柔らかな魂の持ち主であるのに、時間をかけて坂道を転がるように堕ちる人は堕ちて行ってしまう。

黒カルマを自分で生み出してしまう原因の、怒り、恨み、ねたみ、などは誰でも経験があることですが、いつまでもそういった負のパワーを持ち続けることは通常であればありません。
1年前の人間関係のイライラを今も持ち続けている人がいますか?
中にはいると思いますが、多くの人はそんなイライラがあったことすら忘れていることでしょう。
それはどこかで魂自身が理性という力を発動させ、負の感情を抑え込み、魂自らを守ろうとするからです。


ところが中にはそういった魂の抑制力をも上回る勢いで、怒りや恨みを増幅させてしまう人もいます。
これはほとんどの場合、その対象となる相手と引くに引けないような争いに発展してしまったケースなどが引き金になります。
魂は理性で抑え込もうとしますが、相手がそれを許さない勢いで攻撃を仕掛けてくる。
それに負けじと応戦していると、いつの間にか自分の魂も疲弊し硬くなってしまうのです。

そして争いの頻度が増していき、あるときから自分から争いを仕掛けるようにもなっていく。
もちろんかつて自分が巻き込まれたように、今度は自分が柔らかな魂の持ち主を巻き込んでいくのです。


このように黒カルマを自らが生み出してしまうことは、自分だけで収まらずに親友や親兄弟など身近な人までも巻き込んで負の連鎖を拡げていきます。

まわりに常に怒り、嫌味を言い、陰口をたたく人がいたとしたら、その人が黒カルマに侵されてしまっている可能性は否定できません。
こういった人に無防備な状態でむやみに近づくことは、僕はまったくお勧めできません。
仕事の関係などでどうしても人間関係が切れないようなケースはよくありますが、その場合は付かず離れずの距離を保ちながら決して深く入り込むことなく、かといって無視するでもなく、その場をやり過ごすくらいの警戒心を持っておいたほうがいいかもしれません。

綺麗ごとを言えば、誰にでも優しく分け隔てなく、本音で真正面から付き合うことが正論かもしれません。
しかし残念ながらそういった平和心な人に対して攻撃的になったり、利用しようと考えたり、依存して来たりといった人はたくさんいるのです。
それは皆さんが思っている以上にです。

怒りや恨みを抑え込んでしまえる柔軟さを持った魂を守るには、まずは自分から硬くするような行為を避ける努力をすること。
そしてそういう可能性をもった他人との深い接触をなるべく避けて生活する警戒が必要です。

すこし寂しさや世知辛さを感じるところですが、今は鍵を掛けなくても泥棒に入られることのなかった時代ではなくなっているということです。

自分を自分で護る心掛けは持っておいてください。
そうした自衛心があれば、まずは魂の硬化スピードを食い止めることができるでしょう。


次回の講義は他人の黒カルマを貰ってしまうパターンについてです。


白石

黒カルマ ~序章~

黒カルマが増えると

魂の目が曇り
  ↓
勘覚が鈍り
  ↓
選択を間違う
  ↓
人生がうまくいかない


黒カルマが人生を狂わす流れについては「smiling again」で簡単にお伝えしてありますが、このブログではより深く黒カルマのメカニズムを解説していきたいと思います。


と、その前になんですが、僕が前回、前々回のブログエントリで記事にした『覚悟を決めることで道は開ける』『勝負する相手は誰?』はお読み頂けたでしょうか?
もし読んでいないようなら読んでいただきたいのですが、どのような感想を持ちましたか?

もしかしたら「世の中そんなに甘くないよ」「それが出来ないから苦労しているんだよ」などと難しく思った方もいるかもしれません、どうでしょうか?

実はあえて2連発で「自身の精進に努めるべき」という趣旨のエントリを上げたのは理由があります。

それは黒カルマをもらいやすい人の多くは、自分よりも外を向いてバランスを保とうとする人が多いからなんです。

他人との差に敏感な人は、常にその差にコンプレックスを抱いてしまうので、知らず知らず恨み・ねたみ・嫌味・自慢などに囲まれて生活することになります。
これは自分から発することもありますし、周りから受けることもあります。

そのことは何となくですが理解している部分もあるので、ああいう内容の話しには耳に痛いと感じてしまうところがあります。

結果として魂を痩せさせる原因を生み出しやすいので、年月とともに第三の目が曇ってくる。
そうすると勘覚が狂い、余計にパフォーマンスが低下していくという負のスパイラルに陥ります。

ところがあのエントリを読んで完全に納得・共感できた人も多くいるはずです。
すでに実践していることだと思った人も多いことでしょう。

その方は生き方としては正のスパイラルの人なんです。
黒カルマの発生源をかなり抑え込むことが出来ていますので、勘覚も優れています。


あの二つの記事を読んで、難しく思うか、簡単なことと思うか。

皆さんにまずは知っておいてほしいのは、黒カルマというのは、とても身近な、普段の生活の中のほんの少しの考え方や習慣の違いだけで回避できるものだということ。

そしてそれは、今からでも変えていくことが出来るものだということなんです。

ぜひこのブログでそれを学んでほしいと思うんです。
そうですね、学生に戻った気分で新しい知識を吸収してみて下さい(笑)

その知識はきっとあなたにとって人生を生き抜く智慧となるはずです。
そして人生に迷っている人は、ぜひここを切っ掛けに人生を180度変えてみて下さい。
知識の吸収と実践で、必ず負から正へ回転を変えることが出来ます。
今まで見たことのない方角から見る景色というものを体験してほしいと思います。

これは僕にとっても新たな挑戦です。
インターネットという文字だけの世界で何人の方に「人生の好転」を提供できるのか?

結果が解らないだけに面白い。
僕にとっての未知の山登りです。


と、あれあれ?
あら前置きがながくなってしまったので、黒カルマの講義は次回です(笑)

次回は黒カルマの発生パターンについてです。


白石

勝負する相手は誰?

人は自分を他人と比べることで、落胆したり、安心したり、優越感を憶えることを繰り返しています。


個々の能力や物ごとには少なからず差がありますが、その勝ち負けに必要以上にこだわってしまうことは、万が一、圧倒的な差をつけられたときに大いなる落胆と諦めの心に自信喪失するリスクを背負っているのです。

また勝ったにしろ負けたにしろ、無駄に争いの軋轢を生み出し魂を削ることに繋がります。


ですから僕は、勝ち負けに心を割くのではなく、自分自身がいかに能力を発揮できるかにこそ人間の真の進化があると思っています。

その追求こそが、自分に本当に適した道を探し出すことへと繋がるのです。


ものごとの優劣は他人との差ではなく、自分との戦いだということ。


他人を蹴落とすことで得る勝利に価値を見出すのではなく、自分の能力をフルに発揮することに精進することこそが、人間の価値を高めることといえるのではないでしょうか。



白石

覚悟を決めることで道は開ける

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『勉強がつらい』

『部活がつらい』

『いじめられた』

『友達と喧嘩した』


学生のときにこうした悩みを抱えていた人も多いことでしょう。
毎日がつらく学校に行きたくなくて、仮病で休んだこともあるかもしれません。
「はやく社会に出て、夢を追いかけたい。」そう願ったことも。



『就活がつらい』

『仕事がつらい』

『上司と反りが合わない』


でも社会人になったらなったで、また新たな不満や苦しみが生まれ悩みになる。
はやく家庭を持って落ちつきたい 癒されたいと願います。


『恋人・結婚が出来ない』

『失恋・離婚した』

『家族とうまくいかない』

『お金がない』


恋人がいてもいなくても、結婚してても独身でも人間関係のいざこざも、生活苦難も常に生まれます。


『リストラされた』

『やることがない』

『体力がない』

『孤独でさみしい』


仕事をリタイアし責任や人間関係から解放されたはずなのに、やはり悩んでいる自分がいる。
そしてぽつりとつぶやきます。

「昔はよかったな」

あんなにつらかった学生時の勉強や部活動、徹夜で残業にあけくれたサラリーマン時代の苦しささえも歳を取ればただただ懐かしく、輝かしくさえ思える。


どんな立場であっても、何歳になっても、生きている以上様々な苦しみが生まれ、つらいことが次々と訪れ、私たちを悩ませるのです。


生きるということは常につらいもの。
そう覚悟することは人間には必要なのです。


「つらいことが起きるのは、自分が生きている証拠なんだ」


こう覚悟を決めればつらくても納得できるようになります。開き直って立ち向かえます。
これは人間として生まれてきた宿命です。悲観しても仕方ありません。


だからこそ大切なことは『今日』という一日にどれだけの充実感を得ることが出来るのかなのです。


人間は過去に起こってしまったこと、未来に起こることをコントロールすることはできません。
でも『今』だけはコントロールすることができるのです。


悩みのある人は下を向くのではなく、充実感を感じることができる『今』を追い求めましょう。
強いてはそれが善い明日を呼び込むことへと繋がっていくのです。





白石

黒カルマを知ろう

こんにちは 白石です。
ブログのスタートに当たり、紹介制サイトに入場希望なさった方の中からほんの一部ですが招待メールを送らせてもらいました。
突然のメールで驚かれた方もいたかもしれません。失礼しました。

どうせブログを書くのなら読んで下さる方がいないと張り合いがないですからね(笑)

さっそく応援コメントを書いてくださった方もいらっしゃったようで、ありがとうございます。
コメントにはすべて目を通し、質問などにも可能な限り答えていきたいとも思っています。


さて今回は2回目のエントリということで何を書こうか迷ったのですが、まずはやはり黒カルマについて書いてみます。

皆さんからの感想などを読んでいると、黒カルマについて意外と勘違いしてる人が多いように思えます。

それは黒カルマが、いわゆるカルマの法則でいう「業」の現れであると思っていることです。
これは僕のホームページでの表現の仕方に足りない部分があったのだと思いますが、黒カルマはカルマと名は付いていますが、「業」のカルマとはまったくの別物だということ。

黒カルマは悪行・悪態・恨み・嫌気などで魂を削ることで生まれる削りカスですから、結果としては「業」が生み出ししているとも言えるので黒カルマと名付けたわけであって、例えば良い行いをしたから消えるものでもないのです。

カルマの法則では善因善果(ぜんいんぜんか)・悪因悪果(あくいんあっか)といわれるように、良い行いは良い結果に、悪い行いは悪い結果になって自分の元へ戻るものだという考えがあります。

しかし黒カルマは名前はカルマですが、そういった因果応報的なものではありません。
イメージとしては「病気」の方が近いと言えるかもしれません。

魂の病です。

それは生活習慣病のように日々の行いや生活のなかでダメージを蓄積してしまうようなものです。
ですから、例えばカルマの解放のようなもので消えてなくなるものでもありません。
そこがこの黒カルマのやっかいなところです。

まあこの黒カルマについては今後も少しずつお伝えしていく予定なんですが、smiling again を作ってみて驚いたのは、世の中には意外にこの黒カルマを見れる人が多かったことです。

ハッキリと見れる人はいませんが、ぼんやりレベルならかなりたくさんの方から「私も見れます」「顔に黒い影がある人を見たことあります」といった報告をいただきました。

この黒い影を見れる人いうのは魂の目、いわゆるサードアイが開いている人なんですが、その開き具合によっては僕のようにハッキリ見れてしまう人から、ぼんやりと見える人、気配は感じ取れる人と分かれます。

見えることと浄化することは同一ではありませんが、なんとなく自分だけではなかったという安心感のようなものがありました(笑)


さて次回は、人生を歩む上でこうすると、あるいはこう考えるともっと楽に進むことが出来ますよ、というような言葉を贈ってみたいと思います。
題して『人生の智慧』です。お楽しみに。


白石

smiling again