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魂が健康であれば人生の谷は苦ではない

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11月26日の実験に参加したみなさんはお疲れ様でした。

実は僕は25日~今日まで私用でインドに行っていました。(今回の記事は帰りの飛行機の中で書きました)

インドは今回で2回目なんですが、前回は10数年前だったので経済発展のスピードに驚かされました!
ムンバイにそびえ立つビルの高さや数はもちろんのこと、走っている車や、人々の服装もソフィスティケートされてきていて、今、世界で一番勢いがある国だと実感しましたね。

今回の旅は、大都市ムンバイからとある地方町への2泊4日の弾丸行程だったのですが、26日はとんでもない田舎に滞在していたもので(笑)、そこはネット環境もない上に電波状況も悪く、まったくのお手上げ状態でコメントを書き込むことが出来なかったのですが、メールやコメントを残してくれた方々ありがとうございます。

次回はクリスマス12月25日が最終実験日になります。
クリスマスの夜に無欲になり「皆の幸せを願う」という、1年の終わり方はいいですね。
僕も一参加者として願おうと思います。


さて、このSSSを開設してから3年を過ぎ、いままで魂のことや、生き方のヒント的なことなどをあれこれ書いてきました。

最近は「本当に生き方が楽になった。」「いまが一番笑ってすごせています。」などといったメールをたくさん頂けるようになってきて、「忙しいなかでも何とか続けてきて良かったな。」と本当に思います。

僕のブログは文章が多くて読むのも大変かもしれませんが、それでもしっかりと読んでくれて、自分の中で咀嚼し、普段から実践に移してくれている人は、確実に魂の硬化を遅らせることが出来ていて、本当に健康を取り戻してきているんですよね。

たとえば、湧き上がる怒りを治めるですとか、魂が危険にさらされるような場所に近づかないですとか、ケチな思考に捕らわれないようにするですとか、普段の生活の中で魂のために実践できることは意外に多いものです。

何も気を付けてない人と年単位で比べてみれば、そういった何気ないことの積み重ねが大きな開きとなっていくのです。


人生の道は平坦ではありませんから、誰にでも良いことも悪いことも起こります。

今現在、生きていくことが苦しいと思っている人がいるならば、それは谷間にいるからです。
暗い谷底だからと下を向き、とぼとぼ歩いては立ち止まり、後ろを振り返っては後悔し、またとぼとぼ歩き始める。

だからいつまでも谷を抜けないのです。

魂が健康な人は、谷間を歩いていても下を向きません。
頭を上げてしっかりと先を見ることが出来ます。魂がタフになり簡単にめげなくなっているのです。

そして“生きる”ということを前向きにとらえるようになっています。
最悪の状況であっても自分が進むべき山の頂が見えているので、恐怖もなく、明日に希望があります。

同じ谷間にいるとして、頭を上げるか下げるかの差ですが、この差が実はとても大きいのです。

しかし魂が弱ってくると、こうしたことは頭では分かっていても実践できなくなっていきます。
身体が重く、行動力は薄れ、気持ちばかりが焦ります。
過去の良かったころの自分の記憶と今の自分の差に苦しみ、すべてを投げ出して終わらせたいとさえ思うようになると、それは魂がいっぱいいっぱいの証拠です。

魂が健康であれば、前へ進むために一歩を出すという人生の基本でつまづくことはまずありません。特に意識して考えなくても実践できてしまうのです。

魂の健康の差が、人生において苦しみの量や、笑顔の数を左右してしまうということです。


では現状、魂の健康が保てていて、特に悪いこともなく平穏無事に過ごせている人は何も気を付けることはないのでしょうか?

いえ、暗い谷間を抜けて、明るい山道を歩いているからと言って油断してはいけません。

今が好調な人が足を滑らせてしまうこともあるのです。

その一番の原因、それは“欲”です。


人は暗い谷に下った時には気分がすぐれず、自分ほど不幸な人間はいないとさえ思います。
しかし山の上に出ると、谷での出来事のことなどすぐに忘れて、気分が高揚し、自分はもっと高みに行けるのではないかと思います。

もちろん向上心をもって進んでいくことは悪いことではありません。
ただ、欲を出して無理に高みに登ろうとすると足元がおろそかになり、簡単な窪みで足を取られ谷底に転げ落ちます。
高い山と深い谷はセットですから気をつけねばなりません。

人生において大切なことは、今の1歩を確実に踏みしめることです。
何事にもケチにならずに、今自分に出来ることを疎かにせずにこなすこと。


人生の高みというのは気付いたらいる場所であって、行こうと思っていく場所ではありません。


台湾上空より
白石

よい出会いは魂がおしえてくれる part4

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今日は11月11日。ポッキーの日。

意味はありません。
というわけで前回からの続きです(笑)


今回こそサラッとサラッといきますからね。


さあ、前回は現代人が第六感を感じなくなってきたという話のところで終わりました。

現代人の勘がにぶくなってきた理由として、現代では切羽詰まって ”勘”を働かすような場がなくなってきたことが最大の理由だと思います。

現代は、いきなりビルの陰から凶暴なマンモスが襲いかかってくることもありませんし、刀を抜いた不良侍に切られることもありません。サイレンとともにB29が飛んでくることもありません。

すくなくとも勘が働かなくとも命の危険がなくなるということはなくなってきました。
もちろん現代でも交通事故などの危険性はありますから、命の危険が全くなくなっているわけではありませんが、特に勘を働かせなくても、種を残し、生命をつむぐことが出来る時代になっています。
もちろん、それは平和であることの証ですから悪いことではないでしょう。

たとえばペットの犬なども、昔の犬種にくらべて、現代の愛玩種は野生の能力がどんどん退化していっているらしいですね。
特に鋭い嗅覚や聴覚などがなくても、餌に困らずに、快適な環境下で種を残せるようになっているからでしょう。

ただ前回もお伝えしたように、野性的な勘がにぶってきたことで、人間関係における危機察知能力のようなものが無くなってきていることは、まさに現代においては皮肉といえるかもしれません。

はい、全然サラッと進んでいませんね。
大丈夫です。ここからついに核心に迫ります(笑)

さあ話しをぐわっと戻しますよ!

そう足の裏です。

足の裏?忘れた?
忘れたら戻って読んできて下さいね。

ここからよそ見せずに一気にいきますよ!!
出会いの良し悪しを第六感ではかる方法です。


あなたが初対面の人に出会った時は

適当に脳をはたらかせて、笑顔をつくりながら挨拶し、会話をはずませつつも、意識の片隅は

いいですか?足の裏において下さい。

足の裏です! 足の裏です!! 足の裏です!!!


では足の裏で何を感じるのか?

それは足の裏の温度感です。

初めて会ったそのときに、足の裏が異常に熱くなる人がいます。

ただこれ意識しないと気付きません。

大概の場合、初対面で緊張していると意識は上半身に集中しています。
心臓の鼓動が速くなり、やや血圧も上がり、呼吸も乱れがちに、顔も紅潮することもあります。手の平に汗もかくでしょう。
その流れで当然、足の裏も熱くなるのが普通だろうと思いがちです。

しかし意識してみるとわかるのですが、上半身の緊張や体温上昇感にくらべて、足の裏までもが熱くなるかというと必ずしもそうではないのです。

ほとんどの場合、初対面で他人に会っても、なかなか足の裏の温度感を意識するほどには至らないと思います。
それは上半身ですべてを受け止めているからです。

足の裏の体温の上昇。
これは神経を足の裏に集中してはじめて体感できるレベルの変化です。

しかしその小さな変化こそが、実はあなたの中の野生の本能部分。
相手との魂の相性の善し悪しを感じ取ることが出来る唯一の箇所なのです。

この足の裏の体感温度の上昇を見極めることで、出会った人との相性が分かるようになります。

そしてこの小さな体感の変化は、意識することと、多くの人と対面することで、どんどん研ぎ澄まされていきます。
最初のうちこそ分かりづらいかもしれませんが、経験を積めば誰にでも習得することができるようになるでしょう。

皆さんの中で、今まで人と会うときに足の裏に集中してみたことがある人はいますか?

いないでしょう(笑)

今度はぜひ集中してみてください。
この体感温度の違いに気付くことができれば、あなたの人間関係はきっと楽になるはずです。


で、問題は、熱くなった人があなたにとって良い人なのか?悪い人なのかですが、、、


その答えは!!!


な、ななんと!!!!!!



ああそうだそうだ思い出した(笑)

そういえば、みんなに参加してもらっている大実験の結果もそろそろお知らせしないといけないですよね。
かなりたくさんの人から感想が届いたからまとめていますが、相当おもしろい結果になっています。


あとこの実験の名前も決めようと思っているんですが、いいネーミングがなかなか思いつかないんです。
なにかいいのあったら送って下さい。


ああ、あとそうそう、たまにはみんなにクリックしてもらってSSSをシェアしてもらおうかな。
もししてくれるなら誰かのためにという気持ちで心をこめてクリックしてください。そうでないと意味がないので。


あっと!そういえば先月末についにロンボク島のリンジャニ山までもが噴火してしまいましたね。

リンジャニ山といえば、僕の招待用HP(紫色のサイト)のTOPページに写っているアグン山頂から撮影した日の出の写真。海の向こうに見える山がリンジャニです。
7月に噴火したジャワ島のラウン山に続いて、インドネシア屈指の活火山の噴火が続きました。(ちなみにラウン山もアグン登頂中に見ることが出来ます。)
ジャワとバリとロンボクは3つ連なった島で、それぞれに3千メートル級の活火山があるわけですが、これらは以前このブログでお伝えした環太平洋火山帯(Ring Of Fire)の主要活火山です。
詳しく知りたい方はヴォルフォースとは何なのか?

地下では繋がっている兄弟山ですから、今回のリンジャニ噴火は7月のラウン噴火の影響がすくなからずあるはずです。

と、いうことは・・・・

ラウンとリンジャニの中間にあるアグンも近いうちに噴火する?!

その可能性は過去にないくらいに高くなっていると思いますね。
年明け1月は半年に一度のアグン巡礼の登山ですが、今回はちょっと緊張しています。
そろそろ情報を集める時期なんですが、もしかしたら一般の登山者になんらかの規制が入る可能性も否定できません。
仮に登れたとしても、今後も継続的に可能なのかも含めて、注意検討していく必要がありそうです。
一応、今月16日から例年通りアグンクリスタルの募集は開始しますが、今回は回収登山ができるかどうかも含めてまだまだ不透明ではあります。


ふうー お知らせが以外に長くなったな。
って完全に遊んでます。ハイ(笑)
まあ僕のお楽しみです。フフフ

というわけで、答えはサラッと“悪い人”です。
理由はまた次回(笑)



東京より
白石

よい出会いは魂がおしえてくれる part3

あちゃー またあっという間に二ヶ月も時間が経ってしまった。。。

このブログもついに季節ごとの更新とかになってきてしまってますが・・・
「まあいいか(笑)」※ひらきなおり


さて今回は前回までの続き、『よい出会いは魂がおしえてくれる part3』になりますが、忘れている方はちょっと戻って読み直してきてください。

よい出会いは魂がおしえてくれる part1
よい出会いは魂がおしえてくれる part2


はい、戻ってきましたか?
part2も、いつものごとく答えをもったいぶって終わったのでした(笑)

最後に横たわったお釈迦様、涅槃仏(ねはんぶつ)の画像を出してヒントとしましたが、あのヒントで何か考えてみた人はいるでしょうか?

コメント欄でいくつか推測してくれた人はいましたが、あれだけではなかなか難しいですよね。
大きなヒントはあえて寝ているお釈迦様とした点です。
立ち上がったり座っている仏像ではなく、寝ていることで見えているものがありますよね?

わかりますか?

それはこれです。

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そう足の裏です。
ちなみにこの涅槃仏はバンコクの有名なお寺、ワットポーの黄金の涅槃仏像です。すごい大きさでしょう。
全長はなんと49メートル、高さ12メートルもあって、この足の裏の大きさは長さ5メートル、幅1.5メートルもあるんです。

この大寝釈迦仏はバンコクのガイドブックで表紙になるくらいに有名なものなので、テレビなんかでも見たことがある人は多いと思います。


さて今回は、この足の裏にこそ答えがあります。

思えば僕のホームページには昔からよく足の裏の話題が出てきているんですが覚えていますか?

魂の硬化の例え話しで、足の裏が硬くなる話しをしたり、アグン山の山頂でヴォルフォースを発見したときも、偶然に足の裏を投げ出したことが切っ掛けでした。

皆さんにとって足の裏とは、単に歩くうえで必要な身体の中の一部分という認識しかないと思います。
しかし実は足の裏というのは人間にとってもっとも野性的な本能を感じさせる、残された部位でもあるのです。

考えてみると、足の裏は唯一地球とつながっている部分でもあり、常に外界とは向き合わない隠され続けている場所です。
立ち上がり、歩くという機能の他になにかを求めるでもなく、もっとも目の届かない場所、それが足の裏でしょう。

それゆえ、機能的な進化の過程では、脳や内臓や手など他の器官にくらべて取り残されてしまったのでしょうね。
進化が遅れたゆえに、野性的な力を発揮しなやすい場所でもあるのです。

よく指圧やリフレクソロジーなどでは足の裏にあるツボは内臓などの各器官に直結していて、刺激することで内器官の機能が良くなるなどと言います。
東洋医学では昔から足の裏は第二の心臓などともいい、健康に直接結びつく器官と位置付けています。

またバンコクのワットポーの涅槃仏の足の裏には紋様が刻まれていますが、これは古代ヒンドゥー教であるバラモン教で宇宙を現しているそうです。


現代人にとっての足の裏は、単に立ち姿勢を保つだけの器官と考えがちですが、古来から伝わってきている足の裏の持つ意味合いというのは、もっと立体的で、幻想的で、深いもの。
決して体重を支えるだけの器官ではなく、人間と地球、あるいは宇宙とをつなぐ出入口であったり、人間の全機能をつかさどるスイッチのようなものであったりと、我々が知らない力をもっている特別な場所であったのです。


さて、ここまできてやっと本題に入ります。
(やばいなー、また長くなってきたなー 笑)

初対面の人に対して、どう足の裏が関係してくるのか?
そして、出会いの良し悪しをどう察知するのか?


説明します。

あなたが初めて会った人、その人が自分にとって魂のレベルで相性が良いのかどうかを知るためには、目や耳や脳などの五感で判断することに加えて、もうひとつの“感”を使って下さい。

つまり第六感、シックスセンスと呼ばれるものです。


「わたしにはそういう感覚がありません。」

はい、たしかに第六感と呼ばれるものの感度の強弱には個人差があります。

しかし誰にでも言えることなんですが、まったくのゼロということはないのです。
どんな人でも多少なりとも第六感的な能力というのは持っていて、そういう能力は、自分で必要としないと出てこないだけです。眠ったままなのです。


現代人は昔の人に比べて、野性的な能力を必要としなくなってきました。
すべてのものが自動化コンピューター化され、脳内の考えや意思も親指一本で世界中に飛ばせるようになり、考えなくとも答えは液晶画面に出て来ます。

世の中が便利になればなるほど、すべてのものが合理化されて削られていき、それは人の本能的な能力の減衰にまで及んでいきます。

人間の進化の過程では、いわゆる第六感的なものというのは不要な能力となってきていることは間違いないでしょう。

しかしそれが良いことなのか悪いことなのかは分かりません。


昨今、人付き合いに苦しんで、上手に社会に溶け込めない人が増えてきています。こういう人たちは年々増えていく一方です。

これらの社会的な問題も、いうなれば人間付き合いにおいて勘所の悪い人が増えてきている証拠であるといえます。

いつの時代も性格の良くない人はいるでしょうが、そういう人に必要以上に近づかない防御本能が働かない人がどんどん増えてきたのです。
この人は危険だと気付けば避けられた問題も、気付かないばかりに傷付いてしまう。
それは防御本能の働かない草食動物が、近づいてきたライオンに食べられてしまうようにです。

はい、やっぱり長くなりました(笑)
簡単に説明しようと思っても、「ああそうだ、これも伝えよう」「あれも伝えよう」と欲張って、結局なかなか本題に入れないいつものパターンです。
本当は決してもったいぶっているわけではないんですけどね。

次回は東京に雪が降ったあたりか?


大丈夫、さすがにそれはありません。
きっと11月頭あたりには続きをアップできると思います。
おもいます。オモイ・・マス。


(おしらせ)
今月の魂の実験日は10月27日(火)です。
一ヶ月に一度の魂のメンテナンスとして、ぜひ21時からの15分間ご参加下さい。
詳細はこのブログのメニューにある僕の名前をクリックです。


東京より
白石

よい出会いは魂がおしえてくれる part2

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さて、いつものごとく間があいてしまいましたが、前回の話しの続き。
『よい出会いは魂がおしえてくれる part2』をお伝えしたいと思います。

part1を掻い摘んでまとめてみると、

・良縁は必ずしも確率論では片付けられない。
・第一印象に惑わされてはいけない。
・相手との相性を魂で感じ取る方法がある。

ざっとこんな感じのことをお伝えしたのでした。
忘れてしまった方は先にpart1を読んできてください。

よい出会いは魂がおしえてくれる part1

さあ、皆さんが初対面で出会う人たちから、直接的にその場で得られる情報にはどんなものがあるでしょうか?
皆さんは肉体のあらゆる器官を駆使して、情報を集めると思います。


① 目で見た印象

例:目がやさしそう。化粧が派手だな。服のセンスがいいな。など

② 耳で聞く印象

例:よく話す人だな。ぼそぼそと自信がなさそうに話すな。など

③ 鼻で感じる印象

例:いい香りのする人だな。香水がきつい人だな。など

④ 肌で感じる印象

例:力がこもった握手だな。ボディタッチの多い人だな。など

⑤ 脳で得る印象

例:この人は社長さんか。友達は良い人といっていたな。など


こういったところでしょう。
いわゆる五感を駆使して集めたリアルタイムの情報に、知りうるインフォメーション(相手の肩書きや、事前情報など)を掛け合わせて、自分なりの第一印象を導き出します。

そして「この人は信用できそうだなぁ」とか「この人とは馬があわなそう」と言った具合に格付けをして、その後の態度や行動に連動させていくのです。

しかし問題は、この自分なりに導き出した“第一印象”にどれほどの正確性があるのかということでしょう。

本当にその印象は、その人の本質を現しているものなのか?
もしかしたら、間逆の人かもしれないのです。

ただ如何せん、その答え合わせをするには、実際に時間をかけて付き合ってみないと解らないという問題があり、これはある意味リスクです。
本質が、第一印象どおりで最悪の人であることも充分に考えられるからです。


さて、そこで僕が皆さんに伝授したいのが、魂というレーダーをつかった、もう一つの“センス(感)”を用いた方法です。

第六感、シックスセンスなどというと、「私にはそういう力がないから」と思う人が大半だと思います。

しかし僕が過去に何度も伝えてきているように、人間にはもともと魂を飛ばしたり、また受感する能力というものが備わっているのです。
ただそういった人間の能力は、文明が発達していく長い年月の中でどんどんと退化していってしまった。
猫や犬も含めた動物は、帰巣本能などの並外れた超能力的な力を垣間みせますが、人間にはもはや必要ないものとして、そういった能力のドアが閉じてしまったのです。

でも実は、だからといって完全に無くなってしまったわけではなく、単に扉が閉まっただけであって、ひょんなことからそのドアが開くこともあります。
たとえば予知夢や、虫の知らせ、デジャヴ、野生的な直感などです。

通常は魂は安静化しており、生命体の維持にのみにその力を使っているのが現状ですが、たまにその能力の片鱗をみせることがあるのです。

では、出会い時における相手の本質を知るために、皆さんでも出来る方法として、どのような方法を用いるといいのでしょうか?
実は誰でも簡単に実践できる、良縁を見つけ出す方法があるのです。

そのヒントは、この涅槃仏(ねはんぶつ)、寝ているお釈迦様の画像にあります。

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はいその通り、結論はpart3で(笑)



東京より
白石

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※実は今、とある計画というか予定をたてています。
それは実際にSSSで知り合った何人かの人に、リアル鑑定でお会いしてみようかなと。

ネットで活動し始めてからHPの放置期間も含めれば11年から経過していますが、その間にネットを通じてリアルでお会いした人は一人もいません。
メールを通じての相談依頼も、それこそ数え切れないほどもらっていますが、一時はリタイアした身なので、以前のように忙しい日々は避けたいという個人的な理由があって、直接の鑑定などはすべてお断りしてきました。というか数が多すぎて返信していないといったところです。(この場を借りて送ってくださった方、すみません。)

いままではネットとリアルは分けて活動をしてきましたが、SSSを通じてアグンクリスタルを毎回購入してくれている人も増えてきましたし、大実験などでも参加者が増えて、昔よりもネットとリアルの垣根がなくなってきたと感じています。

そこで希望者には、お会いしてお話をしてみる場を設けてみようと考えています。
ただそれが具体的にいつになるのか?どこになるのか?はまだ決定していません。
また誰とでもと言うわけではなく、当初は縁の濃い人だけになるかと思いますが、中には僕と同じような能力をもっている人もいらっしゃるようで、そういう方にも一度お会いしてみたいという思いもあります。

まあ大半の方には関係の無い話しですが、一応、SSSでは今まですべての人に公平性を持って活動してきているので、お知らせと言う形で事前に告知だけはしておこうということです。

よい出会いは魂がおしえてくれる part1

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本日のテーマは「魂の智見」。
前回のエントリのコメント欄で予告したとおり、魂の面からみた“人との出会い”について一文寄せてみたいと思います。
そして、どうすれば「良縁」に恵まれるのか?どうすれば「悪縁」を避けることができるのか?
皆さんが気になるこの点についても、すこし言及してみましょう。


良縁は確率論なのか?

生きて社会活動をしていると様々なタイミングで人と人は出会います。
それは仕事の関係であったり、プライベートであったり、学業の関係であったりと、その時々シチュエーションで普通に起こることでしょう。
皆さんも今まで生きてきて、幼少期、学生時代、社会人になってと振り返ってみれば、何百人、あるいはそれ以上の単位で他人と出会い、言葉を交わして、お互いの情報を交換し合ってきていると思います。

ところがそれだけ多くの誰かと出会っても、その関係が良いバランスを保ったまま長く深くつづくような“良縁”というのはなかなか訪れるものではありません。

どうでしょう?思い返してみてください。
学生時代の友人で、大人になった今も普通に付き合いがある友達って何人いますか?
おそらく多くの人が、数えるほどしかいないのが普通ではないかと思います。
でも中には、何十年経っても交流がある友人がいる人もいることでしょう。

このように人間の出会いというのは、数多く訪れても必ずしもその出会いが良縁と呼ばれるようになるまで深く結びきあう確率は大変低いものといわざる得ません。

では良縁とは、そもそも確率論なのかというと、実はかならずしもそうとも言い切れないものなのです。
もちろん多少は影響するでしょう。
例えば人口密度が少ない地域に住んでいる人と、多い地域に住んでいる人と比べれば、物理的に出会う人数は違います。

でもだからといって、都会に住んでいる人のほうが“良縁”と呼ばれるような友人や恋人がたくさんいるのかというとそれは違うでしょう。まあ恋人がたくさんいては困りものですが(笑)

そもそも友達がたくさんいる人と、少ない人は、都会であろうと田舎であろうとどこにでもいます。
つまり良縁に恵まれるためには、多くの人と出会うことによる確率論以上に大切なことがあるということなのです。

それはコミュニケーション能力の差だったり、行動力の差だったり、話しかける勇気の差だったりといった直接的な交流能力の差ももちろんありますが、そういうノウハウはネットで検索すればいくらでも見つかるでしょうから、ここでは触れません。

このSSSは魂の勉強が目的ですから、僕の切るスタンスはもちろん“魂”です。
魂の働きからみた『出会いのロジック』を理解することによって、もっと良い人に出会え、悪い出会いは避けることができるようになります。

そんなことが本当にできるのか?

できるんですね、これが。


出会いは魂の戦い


皆さんが、友達にあなたの知らない友人を紹介されたとします。
そういったシチュエーションはたまにあるものですが、皆さん当然のように挨拶からはいると思います。
その瞬間、あなたは生まれて初めて、その方と視線を合わせることになるわけですが、大切なのはこの瞬間です。

最初の目線をあわせた瞬間に、あなたの魂も相手の魂も一瞬でお互いの情報を読み取ろうと、実はものすごい勢いでエネルギー体がぶつかり合っているのです。

お互いに顔は笑っていますし、なごやかな会話も交わしますが、そんな肉体の柔軟さは表の見せ掛けに過ぎません。
裏では魂のエネルギー粒がはげしく飛び交い、この魂は自分と相性のよいエネルギーなのかを見定めあうということをしているのです。

その瞬間は魂にとってはかなりの重労働で、通常は肉体にまで及ぶような苦痛をも感じさせます。
動悸が激しくなったり、汗をかいたりといった緊張感はその最もたる体現象です。
緊張したから良いとか悪いということではありません。誰でもはじめての他人に会えば、構えますし緊張感を持ちます。
初めての人と会い、多少なりとも緊張感を感じるのは、今まさに魂が大仕事をしたという証拠でもあるのです。



第一印象にまどわされてはいけない


そしてひと言ふた言の言葉を交わすころには、「この人はやさしそう」だとか「この人は気難しそう」などといった第一印象を持つことでしょう。

ただしこの第一印象というものは決して魂の判断ではありません。肉体側の“脳”が勝手にいだいた印象に過ぎないのです。
その決定は、相手の身なりや話し方や内容、社会的立場などの情報を眼で耳で受けとったものを脳におくり、脳内で計算して導きだされた“あなたなりの答え”に過ぎないということ。

その“あなたなりの答え”でその人と深く付き合っていくかどうかを判断してしまうのが普通の人なのです。

よく第一印象は最悪だったけれど、付き合っていくうちに実は気が合うよい人だったなんていうことが起こるのも、この脳の出す答えがいかに曖昧なものなのかを現しています。

職場が一緒になったなど、その人に時間をかけて知り合える機会があれば、そういった過ちに気付くチャンスがあります。
しかし残念ながら一回会ったきりで、その人の本質を見極めることができずに、そのままバイバイというケースが実際は少なくありません。

もしその人ともう少しコミュニケーションをとっていたなら、生涯の友人やパートナーとなっていた相手かもしれないのです。
そういう出会いの損失は、皆さんが考える以上に頻繁に起こっています。

また縁の損失は、お金の円の損失以上に、人生にとっては大きな損失なのかもしれません。

簡単な挨拶だけで別れてしまったあの人は、もしかしたらあなたにとって掛替えのない大切な時間と安心感を死ぬまで与えてくれる人だったのかもしれないのですから。


では今後、縁の損失を出さないようにするためには、どうしたらよいのでしょうか?

出会った瞬間に、魂はどのような答えを出しているのか?
そしてその答えを一般の人が知る術はあるのか?


はい、いつものようにまた次回です(笑)



さて、いよいよ今日は魂の大実験(7月)ですね。
現時点での天気予報を見てみると九州四国地方の一部に雨マークがって、太平洋側は雲がすこし多いみたいですが、日本海側はまあ天気はよさそうです。
特に月が出ていなくても問題はありませんので決行しますが、まあスキっとお月様が出てくれると集中しやすいからね。

それと最近、一番はじめにつくったサイト『となるべく人生の道に迷ったら読むサイト~smiling again~』を11年ぶりにリニューアル作業中なんです。
別に僕的には今のままでもよかったのですが、リリースして10年以上も時が流れるとインターネットの世界もだいぶ様変わりしてきたようで、先日Googleさんからメールが届きまして、モバイルフレンドリーがうんたらこうたら。。。

まあ内容を要約すると

「あんたのとこのサイトはスマホで見づらいから、直さないならこの世から消し去りますよ(笑)」といったフレンドリーすぎる内容・・・。

最後に更新したのが、このブログのスタートを発表したお知らせの一行くらいしかいじってなかったサイトなので、まあタイミング的にもいいかな?ということで、寝る間をおしんで作業中です。

あとお知らせとして、今月は半年に一度のバリ行脚の月です。例のものをご希望の方はメニューの「プロフィールと告知」にある僕の名前をクリックすると入口がありますのでそちらからお願いします。




東京より
白石

smiling again