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魂に燃料がなくなると part 3

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さて今回の魂の智見はだいぶ間が開いてしまいましたね。
お待たせいたしました。

『魂に燃料がなくなると part 2』からの続きです。
内容を忘れてしまった人はもう一度見直してください。

魂に燃料がなくなると part 2


~~~~~前回のハイライト~~~~~

重たい荷物を降ろすことは人生の負荷を減らすことになる。

魂に生命力を継ぎ足すことは出来ない。

魂に悦びを与えるもうひとつの方法とは?

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part 1~2と続き、今回はpart 3
魂に悦びを与えるもうひとつの方法について講義を進めたいと思います。

前回の講義では、魂の仕事についておもちゃのトラックを例に説明をしました。

その中で、いかにトラックのスピードを落とさずに走らせることができるのかを実践することが魂の悦びにつながり、しいては魂にとってのエネルギーになる。
そのための方法論を説明しているところで今回へ持ち越しになったのでした。
(本当に長いこと引っ張ってしまいましたね(笑))


それでは続きの講義を始めます。

まず魂の悦びは、基本的にはストレス無く、仕事を全うできることで充分に満たされます。
その仕事とは、肉体を生かすことであり、寿命を縮ませることなく全うさせるということに尽きます。
ロウソクの火を消すことなく最後まで灯すことが魂の最大のミッションなのです。

しかし肉体はそんな魂の立場などお構いなしに、自由気ままに生きています。
自分だけは事故にあわない、病気にならない、死なないと信じていて、寿命が尽きるのもはるか彼方の未来のことと思い込んでいます。
腰の曲がったお年寄りを見ても、まさか自分がそうなるとは思いもしません。

ですから体に悪いことも言い訳しながら続けますし、魂にとっての苦痛も平気で与えます。
もしかしたらロウソクは、不意に明日にも尽きてしまう長さしかなかったとしてもです。

われわれは常に「自分には安定が約束されている」「平穏無事が与えられ続ける」と信じ込んでいるのです。

そしてこの“思い込み思考”は、段々と身勝手な自意識を育てる要因になっていきます。


ちょっと想像してみて下さい。
もしあなたの人生が明日終わるとするなら、あなたは人生の最後の一日をどのような気持ちで過ごすでしょうか?


誰かと喧嘩をして過ごしますか?
誰かに意地悪な気持ちで嫌味を言うでしょうか?

いえ、きっとすべての人に感謝の気持ちを感じながら、敬意を持って接するのではないでしょうか?
1秒1秒の重みを感じながら、今という瞬間を覚悟をもって大切に過ごそうとするはずです。


人は、自分の人生は保障されているという勘違いが高まると、他人に対して優しさを失い、上からの目線で接するようになり、様々な対人関係の事故を誘発します。
そして自らの魂を傷つけ、疲弊していくのです。

魂を悦ばせるためには、まずもって魂に負担をかけないことが最適な方法であることは間違いありません。
魂のミッションの邪魔をしないことは、単純ですがとても有効なことなのです。


さてそれでは魂の活動を“育成中のリンゴの木”に例えて、どうすれば美味しいリンゴが実るのか考えてみましょう。

成長の妨げになるようなストレスを木々に与えないことは、実の生育に最も大切なことであることは理解できるでしょう。

そのうえで木々が悦ぶことを与えてあげるのです。

例えば肥えた大地、燦々と降り注ぐ太陽光、たっぷりと綺麗な水を与えてあげることも木々が悦ぶ要因でしょう。


魂にここちよいエネルギーを与えてあげること。

この“与える”ということこそ、我々が普段の生活のなかで実践できる、魂にここちよいエネルギーを注入することへと繋がるのです。

リンゴの実を欲しいと思う人はたくさんいますが、リンゴの実を育て、人々に与えようという人は少ない。
しかし与えてもらった人は、与えてくれた人に感謝の念を持つことでしょう。
そしてその感謝の念は、与えた側の魂にとって大いなる悦びなのです。


あなたが誰かを助けたり、手伝ったり、与えたりしたときに、その相手はあなたに対し礼を言い感謝します。
あなたはその時に大いなる満足感を憶え、自分のしたことに対して誇りと強い達成感を得ます。

「自分のしたことで喜んでもらえた、感謝された。」

それがたとえ無償の奉仕だったとしても、とても気分が良くなり、心は高揚することでしょう。

人に感謝されたり、正しいと思えることをしたときに気持ちが良くなるのは、魂のレベルで気持ちが良くなっているのです。

それは「ありがとう」という気持ちである謝恩の念や、見返りを求めない奉仕の念というものが持った独特の柔らかなエネルギーが生み出す効果です。


これらの柔らかなエネルギーの波長に包まれた魂は、得もしれぬ心地よいやすらぎを憶えます。
それは魂にとって一種のエクスタシーのようなもので、これらの良エネルギーに包まれた魂は高レベルの活力を発揮するようになります。

怒りや恨み辛みが魂の激しい交錯とするならば、与える気持ち、感謝する気持ちで生まれる交錯はとてもやさしく柔らかいもの。
魂と魂がなで合うように接触する状態です。

魂はこの“柔らかな交錯”が大好きなんです。

肉体や脳はそういった状態の魂に反応し、実生活においても向上心や頑張る力を生み出し、精神の安定をも得られるようになるのです。

他に、お互いに必要としあう気持ち、認め合う気持ちなども、同じような柔らかな良エネルギーを生み出す切っ掛けになります。


しかしこの与えるということは、実生活においては簡単なことではありません。
簡単に出来る人と、なかなかできない人にハッキリと分かれてしまいます。


次回の講義では、与えるという行為の難しさや、その効果についてお伝えしましょう。


バンコクより
白石


追伸:来週になりますが、短期で日本に戻る予定です。

その時に、何人からか連絡を頂いているのですが、以前、すこし半端な時期に追加でキャンセル分のアグンクリスタルのブレスをお売りしたことがありましたが、すでに石の寿命期間を経過してしまっていますので購入したい方がいましたら連絡して下さい。
ただし僕が日本に戻っている期間にしか発送作業が出来ませんので、11/8(金)までに決済まで完了できる方に限定です。

また2014年1月渡しの予約は11月1日(金)から受付る予定です。
ただこの4か月ですでにかなりの問い合わせを頂いているので、この感じだともしかしたら早めに予定数に達してしまうかもしれません。
詳細を希望の方はお早めにご連絡を下さったほうが良さそうです。


あとこれはまだ決定ではありませんが、来年から日本に戻って仕事を一部再開しようかと考え中です。
今進めている研究も日本の方が進めやすいなどいろいろ要因はありますが、一番の理由は・・・

『日本が恋しくなってきた!』

ということです(笑)

SSSに関するおしらせ

楽しかった日本での夏も終わり、またバンコクに戻ってきました。

日本の夏はバンコク以上に暑い日が続いたと思ったら、連日のようにゲリラ豪雨に見舞われたり、先日は巨大な竜巻まで発生したりと、ここは本当に日本なのかと疑いたくなるような天気でしたが、最近はかなり涼しくなってきたようで何よりです。
過ごしやすい、秋らしい秋を迎えられるといいですね。


ところで昨日は大きなニュースがありましたね。

東京の2020年のオリンピック招致成功!

東京のプレゼンテーションは本当によかったです。
こちらでもたくさんのタイ人からお祝いの言葉を戴きましたよ。

今後は震災で失われていたパワーと活気を取りもどし、国民一人ひとりが同じ目標をもって、強く優しい日本を作り上げていく喜びを体験できる7年間になるのではないかと期待しています。

いや2020年、楽しみです。


さて、ここで当ブログSSSに関するお知らせなんですが、
ここのところブログ更新も夏休みとさせてもらっていましたが、今後は勝手ながらすこし更新ペースを落とすことになりそうです。

更新を楽しみにしてくれている読者の方には申し訳ないのですが、どうしても時間を割かなければならない私用が出来、しばらくブログのプライオリティを下げざる得なくなりました。
(私用は別にBadなことではありませんので心配はいりません。研究作業の一環です)

いままでは一週間に一度の更新を目安にしていたのですが、、、
うーん、ちょっと難しそうです。

今後は特に期限に縛られずに、時間を見つけながら人知れず更新していくような感じになるかと思います。

またこれは僕も残念なんですが、はじめようと思っていた勉強会もその関係でしばらく延期となってしまいます。
こちらも落ち着いたら始めますので、少々お待ち下さい。

あとブログランキングのクリックを毎日頑張っている方もいらっしゃると思います。
ブログ更新が無くても、ぜひ自分自身が納得できるまで精神修行的に続けてみてください。
誰かのために、欲を持たずに、気持ちよくクリックできている自分に出会えれば、自然と人生に変化を感じるようになっていくことと思います。

ただ習慣化することで毎日義務的にクリックするだけになっている人も多そうですので、あらためてコツを教えておきます。

これはクリックだけに限らずですが、すべての自分の行動に、自分から発するエネルギーが誰かに善い影響を与えているという感触を得られるようになることが大切です。

これは次回書こうと思っている 『魂に燃料がなくなると part 3』での話しに繋がってくることですので、ここではあまり詳しくは書きませんが、「誰かのために」という気持ちを込めながらでないと意味がありませんので、単に習慣化でお座なり的にクリックするだけにならないように気を付けながら続けてみて下さい。
魂の善い修行になると思います。


さて、このブログもスタートしてから約11ヶ月経ちましたが、毎日訪れてくれている人がすでに数百人もいらっしゃるようで、本当はコンスタントに更新していきたいところです。
が、まあ別にブログを終了させるわけではないので、僕も肩肘張らずにリラックスしながら続けていけたらよいと思っています。
賛否あるかもしれませんが、ご了承ください。



バンコクより
白石

ああ夏休み

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みなさん夏休みを楽しんでいるでしょうか?

え?暑くてそれどころじゃない??
いやほんとに暑いですねぇ(汗汗汗)

いったい、いつから日本の夏はこんなに暑くなったのでしょう??
気候が完全に東南アジア化してますけど、正直バンコクよりはるかに暑いです・・・。

湿度がハンパ無いですね。毎日のようにどこかで雷を伴った激しいスコールが発生したりと、ほんとに地球は壊れつつあるのかもしれません。
どうぞ皆さん、水分・塩分補給はこまめにして体調を崩さないようにお気をつけ下さい。

ちなみに僕の夏休みはというと、久しぶりの日本の自然をこれでもか!というくらいに満喫しています(笑)

先日は趣味の渓流釣りに行ってきました。

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フライフィッシングという毛ばりをつかったイギリス生まれの釣りです。

標高の高い山岳渓流に生息するネイティブのイワナを追って、トレッキングしながら山中を駆け回ってきましたよ。

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遊んでくれた優しいイワナちゃん。
写真を撮ったらリリースします。バイバイ大きくなれよ~

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原生林のなかで新鮮な酸素を戴きながらのスポーツフィッシングは最高でした。

やっぱり日本はいい国だな~

適当はダメですか?

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日本に帰ってきていつも思うことですが、日本人ほど健康に気をつかう国民もいないでしょう。
まさに“国民総健康オタク”と呼べると思います。


テレビや雑誌を見れば、毎日のように健康に関する話題や番組であふれています。


その腰痛は、実は内臓から来ている!?

立ちくらみに潜む重大疾患とは?


こんなセンセーショナルな見出しをつけて視聴者をあおり、白衣の先生がそれらしい解説を加えます。

自分に当てはまる項目がひとつでもあれば、「ああ大変だ」と眼を皿のようにして食いつき、
医者がバナナがいいと言えば次の日にはスーパーの棚からバナナが消え、トマトがいいと言えばトマトジュースを買い占め、やれココアだ!キノコだ!ヨーグルトだ・・・

もちろん健康に気をつかうことは悪いことではありませんし、日本人が長寿世界一なのも、こうした一人ひとりの健康意識の高さの現われなのかもしれません。


しかしこうした情報が氾濫している影で、健康に対して強い強迫観念のようなものを刷り込まれている人もなかにはいます。

毎日、納豆をかかさず食べなければ気がすまない、ですとか
水を2リットル飲む人、サプリメントを何十粒と飲む人ですとか、、、あなたのまわりにもいませんか?


これら、たしかに身体の健康に効果があることなのかもしれません。

でも魂の観点から見ると、精神的健康はどんどん損なう一方でしょう。


人間はなにかに強く依存してしまうと、段々と生活バランスを崩していきます。

良かれと思って肥料や水を与えすぎた植物が枯れてしまうように、ものには適時適量と呼ばれるバランスを維持するための帯域があるのです。

しかし強い思い込みは段々と自意識を麻痺させ、あまりにも不自然な生活習慣を日常化していきます。

健康に良いと思ってやっていることが、心と身体トータルでみたときに、はたして本当にプラスになっていることなのか?
ここはしっかりと見極めなくてはなりません。


と、ここまで健康に関してのお話しでしたが、
こうした強迫観念や原理主義的な“思い込み”がもたらすマイナスは健康以外のこと、普段の生活のなかにも当てはまるのです


○○は、こうでなくてはいけない。


こういう選択幅のない思い込みが、他人と軋轢を生み、自分の中の余裕をなくしていきます。

答えは一つだと決め付けてはいけません。また他人の示した答えに対し神経質に反応することもありません。

もっと適当でいいのです。


日本人はキッチリしているので『適当』という言葉に対し、強い嫌悪感を覚える人が多いと思います。
でも辞書で調べると『適当』には3つの意味があります。

  • -----・------・------・------・------・------

① ある条件・目的・要求などに、うまくあてはまること。かなっていること。ふさわしいこと。また、そのさま。「工場の建設に―な土地」「この仕事に―する人材」

② 程度などが、ほどよいこと。また、そのさま。「調味料を―に加える」「一日の―な仕事量」

③ やり方などが、いいかげんであること。また、そのさま。悪い意味で用いられる。「客を―にあしらう」「―な返事でごまかす」

                 (大辞泉より)

  • -----・------・------・------・------・------

③のいいかげんであること、適当をこの意味で捉えてはいけません。
①と②で考えてください。


『ものごとは程度がほどよければ、それでよい。』

このくらいのアバウトさでいいのです。


完璧な仕事、完璧な人間関係、完璧な健康、完璧な生き方

そんな完璧な答えをもった人は一人としていません。

にもかかわらず人は完璧を目指して、なにかに依存し、心と身体にギチギチと詰め込んでいきます。
それがどんなにバランスを崩しているとも知らずに。


毎日納豆を食べなくてもいいのです。気が付いたら、身体が欲したら食べればいい。
ひとつの考えに凝り固まってしまわないように、柔軟な意識を持てれば人は心身ともにもっと健康でいられます。


ほどよく生きるという適当主義


これこそが健康においても実生活においても、最もバランスの取れた生き方なのです。



東京より
白石

困難な職場にまわされて毎日が辛いです ―魂のリプライ―

今月はバリでのアグン登山をこなして、日本に一時帰国しています。

帰国前は日本ではゆっくりと夏休みを過ごそうと思っていましたが、じつは帰ってからもまったく落ち着けていません。
なんやかんやと毎日動き回ってしまっています。

先日は岩手盛岡、仙台、郡山と行ってきました。
すべて都市部だったんですが、街はかなり活況で安心しました。
盛岡で食べた久しぶりのじゃじゃ麺は美味しかったですね。
もちろんチータンもいただきましたよ(盛岡ネタです・・笑)


さてさて今回の『魂のリプライ』
ブログ読者の方からいただいた相談や質問に白石がお答えするコーナーです。

今日の相談はこの方です。

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いつもブログで興味深く勉強になるお話をありがとうございます。
毎回、とても参考になります。あわせて、ホームページも何度も読ませていただいています。


今回、相談したいことがあり、メールさせていただきました。
今の自分の環境が、黒カルマを無限に生み出す悪いループになっているのでは?と心配になっています。
可能でしたら、是非アドバイスなどお願い致します。


現在の職場で、前任者の退職に伴い、本来なら専門知識や資格が必要な大変難しい部署に、自分一人だけが無理矢理配属されました。(自分は知識も資格もありません)
新しく有資格者を手配すべき上司が、しかるべき手配をしなかった尻拭いとして、職場で一番立場の弱い私を狙った、無理矢理の配属命令でした。

配属された部署は、様々な障害を持つ方の学習訓練や生活訓練を行います。
朝から夕方まで、話が通じない、奇声を発する、常に独り言、暴れる、パニックになる、落ち着けないなどの障害のある方々を、一人で相手していま す。
障害は誰が悪いわけでもない…仕事だから…と、平常心でいたいのですが、やはり自分も人間ですので、毎日、話も通じず、暴れる、泣きわめくなどを されると、イライラする気持ちもでてきてしまいます。

自分には家族にも障害者がいます。そのため、仕事でも家でも、話も通じず泣きわめく障害者を休みなく相手にすることになり、精神的にかなり疲弊し ています。
体調も悪くなり、笑うこともできなくなりました。
常に肩凝りや頭痛や倦怠感があり、疲れがとれません。

現在職場は、上司から「尻拭いさせて、なんとか自分の外部への体面は保った」
他のメンバーから「あの部署配属が自分でなくてよかった」「ざまあみろ」「ちゃんと面倒見ろ」「自分は自分の仕事だけやればいい」
私自身から「どうして自分だけがこんなに辛い状況なのか」
…というネガティブ感情による黒カルマが大量に発生している気がしています。
職場の雰囲気は「腹の探りあい」のような感じで、決して仲良くありません。

また、私のイライラ感と同じように、障害者の方自身の「うまくいかない」という自分を責めるような気持ち、
同じ建物にいる健常者からの「なんで普通にできないの!」という攻撃的な気持ちや、普通でない行動を嫌がる気持ち、
障害者がなにか失敗したときなどに他の方から私に向けられる「ちゃんと面倒見ろ!」という怒りなど、
ネガティブ感情から引き起こされる黒カルマが、場の全体に渦巻いているイメージなのです。

もう完全に、ネガティブ感情だらけ、魂がお互いに削れていく、黒カルマ発生の悪いループになっているのではないかと…

なんとかしなければと思っているのですが、まず、なにからしたらよいのか、本当にわかりません。
白石様のいう「勘覚」も相当鈍っているのだと思います。

障害に真正面から休みなく向き合うのは本当に難しく、たくさんの方の考え方やいろいろな感情が関わると思います。
誰の責任でもないのに、生まれつき障害を持つ方は、その障害をまわりから嫌がられたりすると、そのネガティブ感情を受け、自身の黒カルマが増えて しまうようなことになってしまうのでしょうか…
そうなら、自分のイライラ感も申し訳なく、なんとかしたいのですが…

白石様から、このような状況でのネガティブ感情のおさえかたや、黒カルマを増やさない工夫など、魂の面からのアドバイスをいただけないでしょう か。

どうぞよろしくお願い致します。

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さて今回はお仕事についてのご相談です。

相談者さんをHさんと呼ばせてもらいますが、Hさんは障害者の方への学習訓練などをおこなう職場で従事なさっているとのこと。しかし、なかなか仕事にアジャストできずに苦労しているようです。

また理不尽に感じている部署移動のことや、まわりから発せられていると思われるネガティブな環境も含め、Hさんは今の仕事に対して、もはや良いイメージを持つことは出来なくなっています。
それこそ身の回りのすべてが自分を葬り去ろうとしているかのような被害的な意識、黒カルマが充満しているであろう職場で毎日を過ごさなければいけない危機感が、仕事のやる気を奪い取っています。

たしかに障害を抱えた方を相手にする仕事は、意思の疎通など、健常者相手の仕事にはない苦労も多いでしょうし、特別な知識も必要かもしれません。
また彼らを受け入れようと歩み寄る気持ちがないと、決して勤まるものではありません。

Hさんもなかなか自分の思うように彼らをコントロールすることが出来ずに、日々イライラが積もってしまっているようですが、じつは今のHさんのように障害者に対する哀れみの思いがあるうちは、上手に彼らとコミュニケーションを取ることは出来ないのです。
彼らを不幸だと、可哀想だと考えてしまううちは、それは彼らを蔑んだ目でみているという証しでもあります。


Hさんには知っておいて欲しいことがあります。

それは、生まれつき精神的に障害をもっている人というのは、実は健常者よりも圧倒的に魂は綺麗だという事実です。
多くの場合、丸々として柔らか、とても健康な状態の魂なのです。

魂の智見でもお伝えしていますが、脳を含めた“肉体”と“魂”は別のものです。
肉体に障害をもって生まれてきたからといって、魂にも障害があるというわけではありません。
むしろ肉体的、精神的な酷使がない状態で過ごしているため、魂の健康状態というのはすこぶる良好で、それは生まれたての赤ん坊のような清らかさ。
肉体に障害があるので、魂が肉体を上手にコントロールできていない現状はありますが、魂の健康度で言えば健常者よりもはるかに健康な魂を持っています。

ですから魂のレベルで話しをさせてもらえば、実はHさんは常にクリーンな魂に囲まれて仕事をしているといえます。
もちろん障害者の方と毎日を過ごしたからといって、Hさんに黒カルマが発せられることはまずありません。
むしろ逆のケース、Hさんが障害者の方の魂を傷つけてしまう可能性のほうが高いくらいです。

おそらく障害者の方の魂は、Hさんのイライラからくる攻撃的な魂について常に危険を察知していると思います。
肉体は拒否できなくても、魂がHさんを拒否するような状態だとすると、なかなか彼らはHさんのコントロール下に入ることはないでしょう。

それは資格が有るとか無いとかの話しではありません。
魂が彼らに拒否されてしまうのです。


そうならない為には、ぜひ彼らに敬意を持って接してほしいと思うのです。

確かに障害者のとる行動というのは、常識的な行動からは逸脱していることも多いでしょう。
一般的な目線から見れば、それは異常と映るかもしれません。
しかしその内には、健常者よりも遥かに良好な魂を持っていて、そしてそれは素直で健全です。
脳を使った会話や行動は苦手かもしれませんが、魂 対 魂の疎通能力は健常者以上に発達しているのです。

つまり彼らとコミュニケーションを深めるには、言葉よりもむしろ魂で会話をする気持ちが大切です。
肉体に障害があるという現状を必要以上に哀れむ必要はありませんし、特別だと考えることもありません。
人間の基幹である魂は、むしろ健常者よりもしっかりとしたものを持っています。
つまり向き合う魂は個と個であり、対等なのです。


今回、Hさんの魂を拝見させていただくと、とても懇親的な女性のようで、他人に対する思いやりはかなり深いものを持っている方です。
また決して弱い魂の持ち主ではなく、元来、努力家で胆力も強いものを持っています。

にもかかわらず、今、これだけネガティブで弱きな感情に包まれてしまっている一番大きな理由としては、今の職場に配属された経緯に納得いっていないことが大きいでしょう。

例えば、配置を決めたその上司が誠意をもってHさんにお願いする姿勢であったなら、おそらくもっと前向きに挑戦する意欲も湧いていたはずです。
しかし今回は、誠意ある手順が踏まれなかった。

そのことに対する理不尽なしくじくたる思いが喉に突き刺さっていて、いつまでたっても自分を納得させることができないのです。
つまり“やらされている感”に支配されています。

ただ幸いなことに、Hさん自身が黒カルマを大量に生み出してしまうほどの強い執念のようなところまでは行っていません。
どこかで冷静に自分をコントロールする客観的な視点を残しています。


でもだからと言って安心していいほどのレベルではありませんので、ぜひこの機会に、考えかたを切り替えてみて欲しいと思うのです。

いま自分がこの仕事を任せられたことをアンラックなことと思わずに、人生において意味のあるものとして考えてみて下さい。

障害者の方を相手にする仕事というのは、生命の根源に直接的に触れるような、上辺では繕うことが出来ない本気の仕事であるからです。
これはある意味、Hさんの人間力が試されるような経験です。

今の仕事を難しい難しいと思い込んでいれば、それはどこまでも難しく、
嫌だ嫌だと思い込んでいれば、それは何をどう切り取っても嫌でしかありません。

彼らに教える仕事を辛い仕事だとは思わずに、彼らと同じ目線に立って魂で会話をしてみましょう。
魂の会話がどういうものなのか解らなくたって構いません。

作業として彼らと接するのではなく、人間対人間として接する気持ちを持つことが出来れば、きっと今まで見えてこなかったものが見えてくるはずです。

今の仕事というのは社会的にもとても意味のある素晴らしい仕事であると断言できますし、辛くとも頑張っているHさんに対し尊敬の念を憶えます。
それゆえ今回の相談はぜひともお答えしたいと思いましたし、逆に今のままではもったいないとも思いました。

もっと誇りを持って取り組んでいい仕事であると思います。



東京より
白石

smiling again